その狭い事務所に開発用マシンとしてIBM S/34を導入しました。今では死語になりつつありますがオフコンといわれるコンピュータです。
オフコンとはいえ、正確な寸法は覚えていませんが大体、長さ1800、高さ900、幅600位はあったと思います。重量もかなりあり、移動用の小さな車輪のストッパーをはずして動かすだけでも一人では大変でした。ただし、蓋を開けてみると中はスカスカでした。
このS/34はIBMで始めて固定式DISKを採用したマシンです。今では固定式が常識ですが発表当時は画期的なことでした。また、端末はワークステーションという呼び方をし、このワークステーションとい言葉も最初に使用されました。DISK容量は16M〜64M、メモリーは8K〜64Kぐらいだったと記憶しています。OSはSSPというIBM独自のOSです。使用言語はIBMの小型機で使われて来たRPGUです。
いまでは当たり前ですが、その当時はカナから漢字の時代になりつつありました。漢字はオフコンから普及し始めました。最初の漢字は4桁の数字を入力してひとつひとつ漢字をひろっていましたので手間が大変でした。このS/34も発表当初はカナでしたが漢字システムが採用され、漢字入力には今では見ることができなくなりましたが、漢字タイプライターのような大きな鍵盤があり、ひとつひとつのキーに4つの漢字を割当てられ、シフト操作で漢字を入力しました。鍵盤にない漢字は4桁の数字を入力しました。画面に漢字を表示すると表示できる文字はカナの半分以下になってしまい画面設計に苦労しました。印刷では構造上ラインプリンターは使えませんから、ドットインパクトの印刷装置で打ち出すのですが遅くてどうしようもありませんでした。S/34で使用できた漢字プリンターはヘッドが2つありスピードは少し改善されています。しかし、印刷中に突然停止してしまい故障かなと思うこともたびたびありました。これは故障ではなくヘッドが熱をもつので、時々止まって熱を冷ますという動作でした。最新のカラープリンターも時々停止して熱を冷ましています。
ところで、コンピュータの発展は熱との戦いでもあるようです。私がコンピュータを始めたのは昭和40年代でしたが、コンピュータは電子計算機と呼ばれており、どこの電算室も快適な環境になっており完全冷暖房の部屋の真中に据えつけられていました。特に夏は温度が上がると電子計算機が止まってしまうので半袖では寒いくらいどこでもクーラーを利かせていました。
このように熱に弱いコンピュータもだいぶ改善されましたが今でも小さくする時には大きな課題になっています。ICは集積度を高めれば高めるほど電気が熱エネルギーに変化します。だいぶ前にの話になりますがIBMの大型機は空冷にするか水冷にするか迷って時代がありました。
昭和40年代、ホンダ車でも空冷にするか水冷にするか本田宗一郎氏と開発者で論争になったことがあります。宗一郎氏は砂漠で水の心配がいらない空冷を主張しましたが、開発者の説得により水冷が選択され今日の躍進に繋がりました。
コンピュータでは水冷は簡単であるが設備が大変なので空冷を選択し、IBMは熱伝導モジュールを開発しました。水冷だったらコンピュータはどのようになっていたのでしょうか。今のパソコンのCPUは32ビットですがこれから64ビットになりそして128ビットとなると「CPUをどうやって冷やすか」という技術が本格的に必要になってきます。常に熱と戦ってきたIBMでは自信を持っていると2001年のIBMのセミナーでAS/400を開発したフランク・ソルティス氏が話されていました。
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